看取り<前編>

先般書かせていただきました、福祉施設の内情記事が、アクセス数の若干の伸びを感じましたので、今回も福祉施設の事について書かせていただきます。今回のテーマは【看取り】です。

 

看取りと聞いて皆様どんなイメージが浮かぶでしょうか。かくゆう私も駆け出しの頃がございまして、その頃、看取りについて崇高なシーンを思い浮かべ、憧れを抱いておりました。

 私の頭の中のイメージは、大切な人の尊い一生を終える瞬間に向かって、家族や職員みじかな人が手を握り締め、大粒の涙を流し、旅立とうとしている人に声をかけ合う。そんなシーンの中に自分自身がいる。家族と共に、人生の終の住処でともに笑い合い、豊かな時間を過ごした事が脳裏に蘇り、私も故人をいたんでとめどなく涙が流れてします。家族とお亡くなりになった故人を思い、悲しみの共感ですすり泣く声だけが響く静寂な時間の中にいる。ひとしきり、悲しみの時間が過ぎると、誰かが動き出し、死後の処置(エンゼルケア)が始まる。美しく綺麗になった魂なき肉体となり、花を沢山添えられた棺の中で、故人は生きているかのよう。家族、私も含めた職員達が集まりもう一度悲しみの共感の中で、故人の唇を末後の水で濡らしていく。

 そんなイメージでした。この看取りのイメージはまるっきり間違いではないのですが、感覚的に少し遠い部分もあると今は感じます。現場でおこる業務があり、仕事としてそんなワンシーンを作ることができるように目指しているといった感覚です。自分達でそのシーンを作りあげるようにするのですから、どちらかというと、現実でおこっている脚本・制作・演者を行っている感覚です。具体的にどのように進んで行くかは、明日、後編で記述します。明日も宜しくお願い致します。

※文章は個人の経験と感想であることをご理解ください。